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国民健康保険を払えなくても、給料は全部は差し押さえられない。ただし口座に入ったあとは別

この記事で分かること

国民健康保険(市町村が運営するもの)の滞納で、差し押さえをされた世帯は、令和6年度に全国で338,709件、差し押さえられた金額は658.9億円でした(厚生労働省の集計。差押世帯数と差押金額)。「払えないまま督促が来たら、給料も年金も全部持っていかれるのでは」と心配する人もいると思います。実は法律は、給料と老齢の年金について、差し押さえてはいけない額を式で決めています。

結論

給料は、全部は差し押さえられません。 差し押さえてはいけない額は、税・社会保険料・生活に必要な額などを足した額で、国税徴収法76条の式で決まっています(式は下の節2)。

月給からこの額を引いた残りが、差し押さえられる額の上限です。月給20万・25万・30万円のときの上限は、次のとおりです(当メディアの試算。令和8年中の給料の月額で計算。家族3人は、本人のほかに配偶者と15歳以下の子1人を養っている世帯)。

国民健康保険に入っている人(給料から健康保険・年金の保険料が引かれません。住民税は給料から天引きされます)

月給一人暮らし家族3人
20万円6.4万円0円
25万円10.0万円2.8万円
30万円13.7万円6.4万円

会社の健康保険・厚生年金に入っている人(前に国民健康保険だった期間の滞納が残る人や、家族の国民健康保険の分を世帯主として納める人など。給料から健康保険・年金の保険料が引かれます)

月給一人暮らし家族3人
20万円4.0万円0円
25万円7.1万円0円
30万円10.3万円3.0万円

※ 上限の額です。

老齢の年金も、給料と同じ式で、守られる額が決まっています(国税徴収法77条)。国民健康保険の税(市区町村によって、税か料で集めています。節1)の滞納で、この式の額を除いて老齢の年金を差し押さえた例があり、この差し押さえへの不服の申立て(審査請求)について、市の審査会は、申立てを認めない判断を示しました(伊丹市・令和2年)。障害の年金と遺族の年金は、差し押さえが禁止されています。

ただし、給料や年金が口座に振り込まれたあとは、原則として、この守りは引き継がれません。 最高裁(平成10年)は、この考え方を示した高裁の判断を認めています。一方で、給料が振り込まれた直後(同じ日や2日後)の口座の差し押さえを、実質的に給料そのものを差し押さえたのと同じだとして、違法とした判決があります(下の節1)。

払えないと分かったときは、市区町村の窓口で減免や徴収の猶予を申請できます(国民健康保険法77条・地方税法717条・15条など。申請の時期や、認められるかは、市区町村の条例と判断によります)。

では、口座に入ったお金は、いつでも全部取られるのでしょうか?

1 口座に入ったお金:裁判所が違法とした差し押さえと、そうでなかった差し押さえ

国民健康保険は、市区町村によって「国民健康保険税」か「国民健康保険料」で集めています(料で集める市区町村の加入者は、全体の約47%で、東京23区など)。差し押さえのやり方は、税も料も同じで、国税徴収法のやり方で行います(出典は後半)。違うのは根拠の法律と、払えないときの救済の条文です(猶予・解除の条文の違いは節5)。払わずにいると請求される期間(時効)も違い、税は法定納期限の翌日から5年(地方税法18条)、料は請求できる時から2年(国民健康保険法110条)です。どちらも、督促で時効が更新されます。この節の判決が料の滞納にも当てはまるかは、判決からは言えません(下の2)。自分の市区町村がどちらかは、国民健康保険の通知書の題で分かります。宇都宮市は「国民健康保険税納税通知書」、名古屋市は「国民健康保険料納入通知書」です(各市の公式ページ)。「納入通知書」の語は税の市の通知書の1枚目にも出るので、決め手は題の「税」「料」の字です。ここで取り上げる4件の判決のうち、国民健康保険が滞納の元に入っているのは前橋地裁の1件で、ほかは国税・固定資産税・市県民税の差し押さえです。

口座に振り込まれたあとの扱いは、条文ではなく、裁判所の判決で線が引かれています。4件の判決は、どれも、その差し押さえが実質的に、差し押さえを禁じられた給料や年金そのものを差し押さえたのと同じと言えるかを見ています。前橋地裁と東京高裁(2018年)は、役所がそれを意図していたかで判断しました。

違法とされた例

違法とされなかった例(年金が入った口座)

判決から言えることが、2つあります。

  1. 給料が振り込まれた日の直後の差し押さえは、違法になりうると言えます。給料が入った口座だからといって、差し押さえが有効とは限りません。
  2. 年金が入った口座でも、守られなかった例があると言えます。年金が入った口座なら必ず守られる、とは言えません。

判決からは言えないことが、3つあります。

  1. 何日後までの差し押さえが違法になるかは、判決から言えません。違法とされたのは、同じ日と2日後の2例だけです。だから「振り込みから◯日たてば大丈夫」とも、「◯日以内なら取り戻せる」とも言えません。
  2. 国民健康保険「料」だけの滞納の場合は、判決から言えません。違法とされた2件の滞納の元は、前橋が市県民税と国民健康保険「税」、大阪高裁が国税で、国民健康保険「料」だけの滞納で違法とした判決は、探した範囲では見つかっていません。差し押さえのやり方は同じでも、料だけの滞納を裁いた判決が無いので、料で集める市区町村に住む人が、この2件を同じように当てはめられるとは言えません。
  3. 給料が振り込まれた預金なら必ず取り戻せるかは、言えません。大阪高裁の事件は、一審(大津地裁)が適法とし、高裁が違法としました。裁判所によって判断が分かれたので、「給料が入った預金の差し押さえは違法になる」とは言い切れません。

2 給料:差し押さえてはいけない額の式と、月給20万円の当てはめ

結論の表の額を、式に当てはめて確かめます。式の中身は、次の5つです(国税徴収法76条・同施行令34条)。

①〜③は、給料から実際に引かれる額です。国民健康保険の保険料(税)は給料から引かれないので、国民健康保険に入っている人の③は0円になります。

まず、月給20万円・一人暮らしの当てはめ(令和8年中の給料の月額で計算した試算。単位は円)

国民健康保険に入っている人会社の健康保険・厚生年金に入っている人(国民健康保険の滞納が残っている。世帯主として家族の分を納める人を含む)
① 所得税5,0004,000
② 住民税8,0008,000
③ 社会保険料030,000
④ 生活に必要な額107,000107,000
⑤ 残りの20%(200,000−5,000−8,000−0−107,000)×0.2=16,000(200,000−4,000−8,000−30,000−107,000)×0.2=10,200→11,000
差し押さえてはいけない額(①〜⑤の合計)136,000160,000
差し押さえられる額の上限(月給−上の合計)64,00040,000

(①〜⑤の金額は千円未満を切り上げるので、会社の健康保険・厚生年金に入っている人の⑤は10,200円が11,000円になります。)

夫婦+子1人(15歳以下)の月給20万円は、④が10.7万円+4.8万円×2人=20.3万円で、①〜④だけで給料の20万円を超えます。国民健康保険に入っている人の場合は、3,000+5,000+0+203,000=211,000円。差し押さえられる額は0円です。

月給25万円・30万円の行と、①〜⑤の内訳は、後半の「前提と方法」にあります。

3 年金:老齢の年金は給料と同じ式、障害・遺族の年金は差し押さえ禁止

年金の差し押さえは、年金の種類で扱いが分かれます。

4 差し押さえは年に何件起きているか

ここまでは差し押さえの決まりを見てきました。実際に、差し押さえはどれだけ行われているのでしょうか。市町村が運営する国民健康保険について、厚生労働省の集計では、次のように推移しています。

年度差押世帯数差押金額差し押さえをした市町村など
令和3年度287,840件649.5億円1,599(93.2%)
令和4年度303,746件659.6億円1,602(93.4%)
令和5年度327,401件664.2億円1,600(93.2%)
令和6年度338,709件658.9億円1,598(92.9%)

差し押さえをされた世帯は、令和3年度の287,840件から令和6年度の338,709件まで、毎年増えました。差押金額は、令和5年度の664.2億円から、令和6年度は658.9億円に減っています。この集計には、増えた理由は書かれていません。滞納している世帯の数(各年6月1日現在)は、平成28年の3,112,195世帯から、令和3年の2,080,550世帯、令和6年の1,829,802世帯へと減ってきましたが、令和7年(速報)は1,852,301世帯で、前の年より増えています。差押世帯数は年度の合計、滞納世帯数は6月1日現在の数で、数え方が違うので、滞納世帯のうち何割が差し押さえられたかは出せません。

5 払えないと分かったとき:法律に書かれている仕組み

「猶予」は、条文ごとに待つものが違います。徴収の猶予は納める時期を待つこと、換価の猶予は差し押さえた財産を売るのを待つこと、差し押さえの猶予は差し押さえそのものを待つことです。

国民健康保険「税」の減免は、地方税法717条が、天災その他特別の事情がある場合などに、条例の定めるところにより認めています。国民健康保険「料」は国民健康保険法77条です。申請の時期や必要な書類は条例で決まり、市区町村によって違います。たとえば宇都宮市は、国民健康保険税の減免の対象を、申請の時にまだ納期限が来ていない税とし、減免を受けたい税の納期限までに申請するよう案内しています(市の案内ページ)。

後半(参照用)

言葉

前提と方法

以下の3つの表の右端の「上限額」は、差し押さえられる額の上限です。

一人暮らし

月給①②③④⑤上限額
200,0005,0008,0000107,00016,00064,000
250,0007,00010,0000107,00026,000100,000
300,0008,00013,0000107,00035,000137,000

家族3人

月給①②③④⑤上限額
200,0003,0005,0000203,00000
250,0005,0007,0000203,0007,00028,000
300,0007,00010,0000203,00016,00064,000
月給①②③④⑤上限額
200,0004,0008,00030,000107,00011,00040,000
250,0005,00010,00039,000107,00018,00071,000
300,0007,00013,00044,000107,00026,000103,000

 家族3人の行(0円・0円・30,000円)は、結論の表のとおりです

断定できないこと

出典

〔1〕国税徴収法76条・77条(e-Gov法令検索:https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000147 )/国税徴収法施行令34条(同・e-Gov法令検索)/国民健康保険法77条・79条の2(https://laws.e-gov.go.jp/law/333AC0000000192 )/国民年金法24条(https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000141 )/厚生年金保険法41条(https://laws.e-gov.go.jp/law/329AC0000000115 )/地方税法15条(https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000226 )/地方自治法231条の3第3項(e-Gov法令検索)。いずれも2026年10月2日に取得した現行の条文

〔2〕国税庁 国税徴収法基本通達 第76条関係「給与の差押禁止」:https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/chosyu/05/01/06/076/01.htm /国税庁「令和8年分 源泉徴収税額表(月額表)」・「令和8年4月 源泉所得税の改正のあらまし」/財務省「国税徴収法施行令の一部を改正する政令要綱」(令和8年度税制改正。https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2026/seirei/youkou/97_choshu.pdf )

〔3〕厚生労働省「国民健康保険(市町村国保)の財政状況について」令和3年度版(https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001121231.pdf )・令和4年度版(https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001283515.pdf )・令和5年度版(https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001546569.pdf )・令和6年度版(https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001744658.pdf )。p.12(滞納世帯数)・p.14(滞納処分の実施状況)

〔4〕厚生労働省「国民健康保険の保険料・保険税について」:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21517.html

〔5〕前橋地裁 平成30年1月31日判決(平成28年(行ウ)第5号。https://lg-law.jp/document/pdf/300131.pdf )/日本司法書士会連合会の会長声明(2018年6月19日)/大阪高裁 令和元年9月26日判決(税務訴訟資料 2019-25。https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/soshoshiryo/choshu/2019/pdf/2019-25.pdf )/東京高裁 平成30年12月19日・令和4年10月26日の判決の解説(税理士ニュース〔新日本法規〕・エス・タックス・弁護士 渡邊博己 note)/税務大学校論叢101号(令和2年6月)

〔6〕伊丹市 国民健康保険税の審査会答申 令和2年度答申第2号(https://www.city.itami.lg.jp/material/files/group/109/20210910-3IGK.pdf )/全国労働基準関係団体連合会 労働基準判例検索 北見信用金庫事件(最高裁 https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/07080.html ・札幌高裁 ID 07202)/西牧正義「差押禁止債権を原資とする預金債権の差押え」アルテス リベラレス(岩手大学人文社会科学部紀要)第77号(2005年12月)p.65〜76/神戸市「国民健康保険料の納付の猶予制度」(https://www.city.kobe.lg.jp/a52670/kurashi/support/insurance/yuuyoseido.html )/豊中市「国民健康保険料、介護保険料及び後期高齢者医療保険料に係る滞納処分執行停止に関する要綱」/総務省 総税企第55号(平成19年3月27日)/総務省「市町村税課税状況等の調」/宇都宮市「国民健康保険税の減免制度」(ページID1024695・更新日 令和6年3月8日。https://www.city.utsunomiya.lg.jp/kurashi/hokennenkin/kokuho/1024695.html )/地方税法15条の7・15条の5の3・15条の6の3・706条1項・717条(e-Gov)

〔7〕宇都宮市「国民健康保険税納税通知書の見方」(更新 令和8年6月23日。https://www.city.utsunomiya.lg.jp/kurashi/hokennenkin/kokuho/1024692.html )/名古屋市「国民健康保険料納入通知書・国民健康保険料額決定通知書」(https://www.city.nagoya.jp/kurashi/hoken/1011736/1011737/1040310.html )/国民健康保険法76条1項ただし書・110条(https://laws.e-gov.go.jp/law/333AC0000000192 )/地方税法18条(https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000226 )。いずれも、2026年10月8日に取得した現行の条文です。