← 記事一覧2026-10-01・ケンシン

年金は、物価と同じだけ上がっているのか?

この記事で分かること

物価が上がっています。年金は、物価の分だけ上がっているのでしょうか。いつか自分が受け取る年金も、今の法律では、消費者物価指数の伸びだけでなく、名目手取り賃金変動率(年金の改定に使う、給料の伸びにあたる数字)なども入れて毎年改定されます。

結論

年金は、物価と同じだけは上がっていません(2016〜2026年度の11回の改定。2015年度末に平均年金月額 月145,305円(1人の額)を受け取っていた人の試算)。

※実際の平均の推移ではなく、その額だった人の年金が改定でどう変わったかの試算

「平均年金月額」は、厚生年金(会社員などの年金。公務員などの共済は除く)の老齢年金を受け取っている人の、基礎年金(国民年金にあたる部分)を含む1か月の平均です。以下、2015年度末にその額だった人を「平均の人」と呼びます。

2026年度も、物価どおりには上がっていません。2025年に消費者物価指数は 3.2% 上がりましたが、年金の改定率(基礎年金の部分)は 1.9% です(厚生年金の部分は2.0%)。平均の人の試算には、厚生年金の部分を6割として2つを合わせた1.96%を使っています。

では、なぜ物価どおりに上がらないのでしょう?

1. 今の改定率は、消費者物価指数の伸びと名目手取り賃金変動率の低い方から、マクロ経済スライドによる調整を差し引いて決まる

68歳になる年度からの人の年金は、今は毎年、消費者物価指数の伸びと名目手取り賃金変動率の低い方に合わせ、そこからマクロ経済スライドによる調整を差し引いて改定されます。ここでいう名目手取り賃金変動率は、その年の給料の統計ではなく、2〜4年度前の賃金の動きをもとに、改定率を決めるために計算する値です(詳しい定義は後半の「言葉」)。

式にすると、こうです。

改定率 =(消費者物価指数の伸び と 名目手取り賃金変動率 の低い方)− マクロ経済スライドによる調整

2026年度に当てはめてみます。消費者物価指数の伸びは3.2%、名目手取り賃金変動率は2.1%で、低い方は2.1%です。ここからマクロ経済スライドによる調整0.2%を引いて、+1.9% になりました。消費者物価指数の伸びほどは上がっていません。

改定率の式の当てはめ(2021年度以降の改定。68歳になる年度からの人)

2026年度の基礎年金2021年度
消費者物価指数の伸び(%)3.20.0
名目手取り賃金変動率(%)2.1−0.1
低い方2.1−0.1
マクロ経済スライドによる調整0.2を引く引かず持ち越す
改定率+1.9%−0.1%

低い方がマイナスの年は、マクロ経済スライドによる調整を引かず、後の年度に持ち越す。基礎年金は国民年金にあたる部分で、消費者物価指数の伸び(3.2)ほどは上がらない。低い方がマイナスの年だけ、年金も下がる

資料:厚生労働省の各年度の年金額改定の報道発表

マクロ経済スライドによる調整は、年金に加入している人の数の変化と、平均余命の延びをもとに決めた率を、毎年の改定率から差し引く仕組み(マクロ経済スライド)です。厚生労働省は、2004年に将来の現役世代の保険料に上限を決め、その範囲に年金を合わせるために入れた、と説明しています。引くと年金が前の年度より下がる年は、下がらない範囲までしか引かず、引けなかった分を後の年度に回します(持ち越す)。低い方がマイナスの年は、引かずに全部を持ち越します。

2. 物価どおりとの差は、3つからできている

月約9,500円の差は、次の3つに分けられます(平均の人の試算)。

2016・2018年度は、当時の決まりで据え置き(上げも下げもしない)にした年です。今の決まりなら、同じ場合は年金もマイナスになります。

2020年度までは、場合で分かれていた

名目手取り賃金変動率が消費者物価指数の伸びより低い年は、次のように場合が分かれていました。

場合改定率例の年度(消費者物価指数の伸び・名目手取り賃金変動率・マクロ経済スライドによる調整・改定率は%)
名目手取り賃金変動率がプラスで、消費者物価指数の伸び以下名目手取り賃金変動率 − マクロ経済スライドによる調整2020年度:消費者物価指数の伸び0.5・名目手取り賃金変動率0.3 → 0.3 − マクロ経済スライドによる調整0.1 = 0.2
名目手取り賃金変動率だけがマイナス(消費者物価指数の伸びは0以上)0(据え置き。マクロ経済スライドによる調整はその年は引かない※)2016年度:消費者物価指数の伸び0.8・名目手取り賃金変動率−0.2 → 0/2018年度:消費者物価指数の伸び0.5・名目手取り賃金変動率−0.4 → 0
消費者物価指数の伸びも名目手取り賃金変動率もマイナスで、名目手取り賃金変動率のほうが低い消費者物価指数の伸び2017年度:消費者物価指数の伸び−0.1・名目手取り賃金変動率−1.1 → −0.1

※2018年度に引かなかったマクロ経済スライドによる調整は、持ち越されました。

資料:厚生労働省の各年度の年金額改定の報道発表

2021年4月に、決まりが変わりました。2番目の場合(名目手取り賃金変動率だけがマイナス)も3番目の場合(消費者物価指数の伸びも名目手取り賃金変動率もマイナスで、名目手取り賃金変動率のほうが低い)も、据え置きや消費者物価指数の伸びではなく、低い方(名目手取り賃金変動率)に合わせることになりました(2022年度:消費者物価指数の伸び−0.2・名目手取り賃金変動率−0.4 → −0.4%)。厚生労働省は、現役世代の負担能力が低下しているときは賃金に合わせる、と説明しています。1番目の場合(名目手取り賃金変動率がプラスで消費者物価指数の伸び以下)は、変わる前も後も同じ決まりです。名目手取り賃金変動率が消費者物価指数の伸びより高い年も、前も後も消費者物価指数の伸びからマクロ経済スライドによる調整を引きます。

2021年4月のあとの6回(2021〜2026年度)のうち、前の決まりのままなら改定率が違っていたのは、2021・2022年度です。2021年度(消費者物価指数の伸び0.0・名目手取り賃金変動率−0.1)は、前の決まりなら据え置きの場合で、実際は−0.1%になりました。

消費者物価指数の伸びどおりとの差は、3つの分(2015年度末に平均年金月額(月145,305円)だった人の2016〜2026年度の11回の改定の試算)

差の分月の額(平均の人の試算)何の分か
名目手取り賃金変動率が消費者物価指数の伸びを下回った分約4,000円消費者物価指数の伸びと、年金の式で使う名目手取り賃金変動率との差の分(下の2年を除く)
マクロ経済スライドによる調整の分約3,400円公的年金の加入者数の変化と平均余命の延びから決めた率を、マクロ経済スライドによる調整として差し引いた分
名目手取り賃金変動率がマイナスだった2016・2018年度の分約2,100円消費者物価指数は上がったのに名目手取り賃金変動率がマイナス。当時の決まりで据え置き。今の決まりでは、同じ場合は年金もマイナスになる
消費者物価指数の伸びどおりとの差(月)約9,500円

注:145,305円:厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業の概況」平成27年度 表8。資料:厚生労働省の各年度の年金額改定の報道発表。約9,500円は当メディアの試算

11回のうち、年金の改定率が消費者物価指数の伸びを下回ったのは10回です。残る1回(2017年度)は消費者物価指数の伸びと同じでした。11回の決め手は、名目手取り賃金変動率が7回、消費者物価指数の伸びが2回(2017・2023年度)、据え置きが2回(2016・2018年度)です。

11回の改定は、何で決まったか(2016〜2026年度の改定)

年度改定率の決め手
2016年度据え置き
2017年度消費者物価指数の伸び
2018年度据え置き
2019年度名目手取り賃金変動率
2020年度名目手取り賃金変動率
2021年度名目手取り賃金変動率
2022年度名目手取り賃金変動率
2023年度消費者物価指数の伸び
2024年度名目手取り賃金変動率
2025年度名目手取り賃金変動率
2026年度名目手取り賃金変動率

資料:厚生労働省の各年度の年金額改定の報道発表

名目手取り賃金変動率が消費者物価指数の伸びを上回れば物価どおりになる、というわけでもありません。2023年度は、名目手取り賃金変動率(2.8%)が消費者物価指数の伸び(2.5%)を上回りましたが、消費者物価指数の伸び2.5%からマクロ経済スライドによる調整0.6%(その年の0.3+前の年度から持ち越した0.3)を差し引いて、年金の改定率は1.9%でした。

つまり、物価が上がっても、賃金の分・マクロ経済スライドによる調整の分・2016・2018年度の分は、年金に入りませんでした。

3. 今の法律では、あなたの年金も毎年改定され、マクロ経済スライドによる調整が続く間は差し引かれる

今の法律では、あなたが受け取る年金も、毎年の消費者物価指数の伸びと名目手取り賃金変動率をもとに改定されます。67歳になる年度までは名目手取り賃金変動率、68歳になる年度からは消費者物価指数の伸びと名目手取り賃金変動率の低い方に合わせ、どちらの場合も、マクロ経済スライドによる調整が続く間は、毎年の改定率から差し引きます。マクロ経済スライドによる調整がいつ終わるかは、法律では年度で決まっていません。国は少なくとも5年ごとに年金の財政の見通しを作り直していて(財政検証)、そこでマクロ経済スライドによる調整が要らなくなったと認められたときに終わる年度が決まります。自営業だった人(国民年金だけ)の年金も、消費者物価指数の伸びと名目手取り賃金変動率とマクロ経済スライドによる調整で改定されます。

この先の差が出るか、どれだけかは、その年の消費者物価指数の伸びと名目手取り賃金変動率と、マクロ経済スライドによる調整の率で決まります。後から受け取り始めた人は、この試算の11回より、受け取ってからの改定の回数が少なくなります。

締め

この先、年金はどうなるのでしょうか。次の記事では、これから受け取る人の年金が生まれた年でいくらになるかを、国の試算で見ます。


後半(参照用)

言葉

前提と方法

なぜ68歳になる年度から式が変わるのか

目的:受け取り始めるまで(67歳になる年度まで)は現役世代の賃金の水準に合わせ、受け取り始めたあと(68歳になる年度から)は物価に合わせる。

背景(順に)

  1. 2000年:受け取っている人の年金を、物価だけで改定することにした。理由は、2004年6月1日の参議院厚生労働委員会で、吉武年金局長が「現役世代の負担とのバランスを図る観点などから、賃金上昇を反映した改定は行わず、毎年度物価上昇率を基本に改定すること」と答えている
  2. 2004年の改正:厚生労働省の社会保障審議会年金部会(2014年10月15日)の資料は、受け取り始めるまでは現役世代の賃金水準に合わせ、この改正で「新規裁定までは賃金変動率で、既裁定年金は物価変動率で」を法定化したと説明している(この言い方は同資料 p.5)。新規裁定は受け取り始める年金、既裁定は受け取り始めたあとの年金のことで、上の目的の文と同じ分け方である。あわせて、消費者物価指数の伸びのほうが名目手取り賃金変動率より大きいときは、名目手取り賃金変動率に合わせることにした。資料は理由を「保険料の収入は賃金上昇に依存するが、それを上回る物価上昇分まで給付を保障すると、給付と負担の長期的な均衡が保てなくなるため」と説明している
  3. 2016年の改正(2021年4月施行):賃金が物価を下回る場合も、賃金に合わせることにした。厚生労働省は「現役世代の負担能力が低下しているときは、賃金変動に合わせて改定」と説明している

境を「65歳になった年度から3年後」にした理由は、厚生労働省年金局の国民年金法の解説(逐条解説テキスト。2015年4月1日現在)に書かれています。受け取り始める前の改定に使う賃金の動き(実質賃金変動率)は、2年度前までの実績を3年でならして出す(三乗根)ので、64歳になる年度の賃金の動きが67歳になる年度の年金額に反映されます。そのため67歳になる年度までは賃金に合わせる、という説明です。これは2015年時点の解説で、2004年に改正したときの説明ではありません。1998〜2000年の年金審議会の意見書と議事録には、境を3年後とする記述はありません。

断定できないこと

出典